薬剤による有害反応(副作用)の多くは薬剤固有の副作用であり、そのうち本物の薬剤アレルギーは10%程度とされております。薬剤アレルギーは、即時型(I型)と遅延型(IV型)が臨床上頻度が高く、当院は他科との綿密な連携を行っており、当科では即時型、皮膚科では遅延型のアレルギーを主に診療しております。
薬剤アレルギーは患者さん自身の申告に頼ることが多いですが、その自己申告は必ずしも正確ではありません。例えば「ペニシリンアレルギー」と診断された患者さんは全体の約10%に上りますが、実際にIgE介在の真のアレルギーが確認されるのはそのうちわずか5〜10%程度に過ぎないとの報告があります。また、過去にアレルギー反応を起こした人でも、約80%は10年後に感作が消失するとの報告もあります。このため、小児期で発症したペニシリンアレルギーも、成人期には陰性化している可能性が高いのです。薬剤アレルギーの誤診により不必要に代替薬を使うことは、治療の効果減少や耐性菌リスク増大、医療費増加といった弊害も報告されています。そのため、真のアレルギーかを専門的に評価することが重要です。
薬剤アレルギーが疑われる場合、症状のタイプ(即時型か遅延型か)に応じて様々な検査法があります。それぞれの検査は感度・特異度や目的が異なり、組み合わせて総合的に判断します。主な検査方法を以下に示します。
即時型アレルギー(I型反応)の診断に用います。プリックテストは微量の薬液を皮膚に滴下して針で浅く刺し反応を見る方法、皮内テストは少量の薬剤を皮下に注射して確認する方法です。 プリックテストの診断的中率は食物アレルギーでは高い一方、薬剤では50%以下であることが知られており、更なる検査(皮内テスト)の必要性があるとされております。薬剤における皮内テストは陰性的中率95%程度とされており有用性が高いですが、皮内に薬剤を注射することから高い危険性(アナフィラキシーの発生率3%前後)が報告されており、実施できる医療機関は限られます。 また、皮膚試験はペニシリン以外にも一部の薬剤(局所麻酔薬や一部抗生剤など)で実施されますが、多くの薬剤では試薬や判定法が標準化されておらず、陰性でも絶対安全とは言い切れない点に留意が必要です。
患者の血液中のアレルギー細胞/好塩基球に薬剤を加え、細胞表面マーカーの変化(CD63など)を見ることでアレルギー反応性を評価する検査です。即時型アレルギーの新しい補助診断法として注目されています。一部薬剤における高い感度70〜80%が報告されておりますが、診断精度が研究間で大きく異なり一定しないため、本邦では自費検査(1万円/製剤)となっております。ただし特異度(偽陽性/過剰診断の少なさ)は概ね高いとされ、他の検査と併用することで診断精度向上に寄与する可能性があります。
遅延型アレルギー(IV型反応)の補助診断に用いられる血液検査です。患者血液中のリンパ球を疑われる薬剤と培養し、増殖反応をみることで薬剤特異的なT細胞の存在を調べます。DLSTの陽性率は薬疹全体で40〜60%程度で、薬剤によって感度・特異度が異なります。例えば抗生物質(βラクタム系)では感度60–70%、特異度85–93%と報告されており、陰性でも原因薬を否定はできませんが、陽性であれば原因薬推定の有力な根拠となります。
疑わしい薬剤を実際に患者に投与し、反応が出るか確認する試験です。即時型・遅延型いずれの最終確認にもなり得る診断のゴールドスタンダードですが、アレルギー反応を誘発するリスクが伴います。通常、皮膚試験や血液検査で陰性の場合に安全性を確認する目的で少量から段階的に投与します。例えばペニシリン皮膚テスト陰性の患者118名に通常量のβラクタム抗生剤を投与した試験では、6%に軽微な遅発性の発疹が確認できました。このようにただし負荷試験は専門施設で緊急時対応を備えて行われる必要があります。陽性(反応出現)であれば診断確定となりますが、患者負担も大きいため必要最低限に留めます。
ある薬剤にアレルギーがある患者さんが化学構造の似た別の薬剤を使用できるか(交差反応性)を判断することは、治療の選択肢を広げる上で重要です。代表的な薬剤カテゴリごとの交差反応性と対応について解説します。
ペニシリンアレルギー患者におけるセフェム系抗生物質(セファロスポリン)やカルバペネム系抗生物質の使用については長年議論があります。ペニシリンとセフェムはβラクタム環構造を共有するため過去には約10%の交差反応率と言われましたが、現在では交差反応は実際にはごく一部であることがわかっています。実際、ペニシリンアレルギー陽性患者でもセフェムは97%、カルバペネムは99%で安全に投与可能だったとの報告があります。したがって過度にβラクタム系を禁忌とせず、必要に応じアレルギー専門医にて交差反応の有無を確認することが重要です。ペニシリンアレルギーと診断された患者でも、皮膚テストや負荷試験で安全が確認できればセフェムやカルバペネムを使用可能です。
NSAIDsによる過敏反応は、薬剤アレルギー全体の中で抗菌薬に次いで多い原因とされます。一般人口の0.3〜6%がNSAIDs過敏症との報告もあります。多くは薬自体の副作用(COX-1阻害)による偽アレルギー反応とされております。いわゆるNSAIDsアレルギー(例:特定のNSAIDでのアナフィラキシー)は非常に稀で、「NSAIDsアレルギー」と一括りにせず、どのタイプか見極めることが重要です。NSAIDs過敏症が疑われる場合、疑惑薬の代替として安全な薬剤(COX-2選択薬など)を選ぶか、必要に応じて入院下で負荷試験を行い耐容性を確認します。
歯科や処置で使われる局所麻酔薬に「アレルギーがある」と言われる患者さんもいますが、真のIgE介在性アレルギーは非常に稀(全体の1%未満)です。 局所麻酔薬は構造からエステル型(プロカインなど)とアミド型(リドカインなど)に分類されます。現在主流のアミド型はアレルギーは稀であり、そのほとんどもアミド型局所麻酔自体のアレルギーではなく、添加物のメチルパラベンによるアレルギーとされております。1980年代半ばに米国食品医薬品局(FDA)・欧州医薬品庁(EMA)でパラベンの使用が制限されるようになり、本邦でも使用薬剤は減っている傾向にありますが、未だに一部薬剤に使用されております。 実際、局所麻酔での有害反応を詳しく調べた研究では、真のアレルギーと確認されたのは数%程度とされております。加えて、局所麻酔薬にアレルギーがあってもエステル型とアミド型の両方に反応を示すことは極めて稀であり、片方の系統が使えない場合でももう片方の系統に切り替えることで対応可能です。局所麻酔薬アレルギーが疑われる場合は皮膚テスト(皮内反応)で安全な薬剤を選択したり、代替麻酔薬の使用可否を判断します。
以上のように、薬剤アレルギーの有無や交差反応性は適切な検査と評価によって客観的に判断できます。患者さんや地域医療者におかれては、「アレルギーだから〇〇は使えない」と自己判断せず、専門医による評価を受けていただくことが大切です。正確な診断に基づき、安全かつ有効な代替薬の選択や必要な場合の脱感作治療など適切な対応策を取ることで、治療の幅を狭めずに済みます。そのため当科では最新のガイドラインや検査法に基づき、患者さん個々の薬剤アレルギーについて丁寧に評価し、最善の治療計画を提案いたします。