喘息の研究トピックス
Research topics for asthma

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喘息肺組織におけるシングルセルRNAseq解析
Single-cell RNA-seq analysis using asthmatic lung

喘息の病態には気道上皮細胞や気道平滑筋などの気道構成細胞、好中球、好酸球、好塩基球、リンパ球などの炎症・免疫細胞が複雑に関与しています。これまでの研究では、上皮細胞や免疫細胞など個々の細胞に着目した研究手法が主でした。

近年、シングルセルRNAseq解析(scRNAseq)という新しい遺伝子解析手法が行われるようになり、組織を構成するすべての細胞の一つ一つの遺伝子発現を網羅的に一度に、バイアス(偏り)を少なくした測定をすることができるようになりました。

本研究では、経気道的に採取した肺生検組織や剖検検体を用いて健常人コントロール及び喘息患者の肺組織のscRNAseqを施行しました。その結果、喘息患者の肺組織においては健常人と比較して杯細胞(goblet cell)が有意に増加しており、粘液線毛細胞(mucous ciliated cell)という新たな細胞集団が存在していることがわかりました。これは杯細胞と気道上皮線毛細胞の両者の遺伝子発現を有しており、気道上皮杯細胞化生を反映した細胞であることが示唆されました。また、好酸球やTh2リンパ球が関与するタイプ2炎症が喘息患者の肺組織において有意に発現していることも同時に示されました。

これらの結果から、喘息の病態にタイプ2炎症が深く関わり組織学的には気道上皮杯細胞化生が関与していることが改めて認識された結果となりました。今後、シングルセルRNAseq解析によって、個々の喘息患者さんの遺伝子発現の違いから有効な治療法を個別に考える「個別化医療」がより進歩することが期待されます。

1. Vieira Braga et al. Nature Medicine 2019;25:1153-1163

喘息気道上皮の修復障害と上皮成長因子受容体ErbB2の活性低下について
Dysregulated wound-healing function in asthmatic airway epithelial cells with impaired expression of ErbB2

喘息の主要病態に慢性気道炎症があります。慢性気道炎症によって気道上皮は常に障害を受けており、組織修復の遅延は組織内に病原体やアレルゲンなどの異物の侵入を許し、さらに気道炎症が悪化するという悪循環を生じます。これまで喘息気道上皮の修復障害が示唆されていますが、それを示した報告は十分にはありませんでした。

そこで喘息患者から経気道的に採取した気道上皮細胞を用いて、気相液相培養(air-liquid interface)における創傷治癒モデルでの実験を行いました。喘息患者の気道上皮細胞では健常人気道上皮細胞と比較して培養面での創傷治癒の遅延が認められました。放射性同位元素である[3H]チミジンの取り込みで評価した細胞増殖能についても喘息気道上皮細胞で低下していました。同様に細胞周期関連蛋白であるサイクリンD1の発現についても喘息気道上皮細胞で発現が低下していました。

気道上皮の増殖に関与する因子として上皮成長因子受容体ErbB2に着目しさらなる検討を行いました。健常人気道上皮細胞では創傷部位先端においてリン酸化ErbB2の発現が亢進していましたが、喘息気道上皮細胞ではリン酸化ErbB2の発現が低下していました。

以上の結果から、喘息気道上皮の修復障害はErbB2蛋白の活性低下が関与している可能性が示唆されました。喘息気道上皮細胞のErbB2活性を正常化することができれば、喘息の気道上皮修復障害が改善し、気道炎症を抑制することによって喘息の根本的な治療につながるかもしれません。

1. Inoue et al. Journal of Allergy and Clinical Immunology 2019;143(6):2075-2085

著者

井上 英樹